陽子さんのケース③@続生みの親、育ての親
新聞特集「わが子よ」より
* * * * * * *
大家族で育ったんだよ
子ども2人に注ぐ愛情
2007年夏。47時間もかかった難産の末、長女を出産した田中陽子(28)は、母になった喜びよりも不安でいっぱいだった。
「どうしよう。出てきちゃった。私でいいのかな」
生後すぐ路上に置き去りにされた陽子には、親に抱っこされた記憶がない。赤ちゃんの世話は何もかも手探りだった。
夜泣きや発熱、お風呂の入れ方。分からないことがあるたび、友達の母親に電話して、「教えて」と泣きついた。
育児に慣れたころ、今度は長男を授かった。「ずっと男の子に生まれたかった」という陽子の喜びはひとしおだった。
ただ、夫とはうまくいかず、長男の出産から間もなく離婚。陽子が18歳まですごした「共生会希望の家」の支援を受け、千葉県内のアパートで母子3人の暮らしを始めた。
キャラ弁
今は生活保護を受けながら、スーパーでパート従業員として働く。慌ただしい毎日だが、子どもたちが遠足の日は早起きして、アンパンマンや動物を描いたキャラクター弁当を作る。夜は、添い寝をして手をつないで眠る。「私も幼いころ、親に甘えたかった。その分、できるだけのことをしてあげたい」
記者が児童養護施設の取材で陽子に出会ったのは11年前。まだ高校生だった彼女は「お母さんに会うのが夢。大人になったら絶対捜すんだ」と何度も口にした。
母となった陽子の思いは、少し変化している。孫の顔を見せたい気持ちはあるけれど、会って、すべてを知ってしまうのが怖い気もする。
「親にもきっと家族がいるでしょ。私も家族ができた。それぞれに幸せなら、いいかなって」
もし、いつか母に会うことができたらー。
「『ふざけんな』 とまずぶん殴りたい」と陽子は言う。育児は大変で「子どもなんていない方がいい」と思う時があるのは分かる。でも、本当に手放すかは別だ。
「文句はいっぱいある。だけど産んでくれなかったら、私も子どもたちもこの世にいなかった。だから、誕生させてくれたことは『ありがとう』 って言いたい」
記念写真
4月初旬、桜の花びらが風に舞う小学校に、陽子と、真新しいピンクのランドセルを背負った長女(6)の姿があった。入学式の後、やんちゃ盛りの長男(4)も連れ、報告に向かったのは希望の家だ。
「大きくなったなあ」。 理事長の福島一雄(77)は、両膝によじ登ってくる子どもたちを抱き上げ、そろって笑顔で写真に収まった。
希望の家も、3歳から中学2年まで過ごした里親の家も「今の私があるためには必要だった」と陽子は感じている。
いつか子どもたちに自分の生い立ちを話す時が来たら、こう言おうか。
ママには実家が二つあって、親代わりがいっぱいいる。きょうだいも大勢いて、大家族で育ったんだよ。
=この項おわり
この連載を読んでの感想や、ご自身の体験を「わが子よ」取材班までお寄せください。
ファクスは 03-6252-8761
電子メールは sya.wagakoyo@kyodonews.jp
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大家族で育ったんだよ
子ども2人に注ぐ愛情
2007年夏。47時間もかかった難産の末、長女を出産した田中陽子(28)は、母になった喜びよりも不安でいっぱいだった。
「どうしよう。出てきちゃった。私でいいのかな」
生後すぐ路上に置き去りにされた陽子には、親に抱っこされた記憶がない。赤ちゃんの世話は何もかも手探りだった。
夜泣きや発熱、お風呂の入れ方。分からないことがあるたび、友達の母親に電話して、「教えて」と泣きついた。
育児に慣れたころ、今度は長男を授かった。「ずっと男の子に生まれたかった」という陽子の喜びはひとしおだった。
ただ、夫とはうまくいかず、長男の出産から間もなく離婚。陽子が18歳まですごした「共生会希望の家」の支援を受け、千葉県内のアパートで母子3人の暮らしを始めた。
キャラ弁
今は生活保護を受けながら、スーパーでパート従業員として働く。慌ただしい毎日だが、子どもたちが遠足の日は早起きして、アンパンマンや動物を描いたキャラクター弁当を作る。夜は、添い寝をして手をつないで眠る。「私も幼いころ、親に甘えたかった。その分、できるだけのことをしてあげたい」
記者が児童養護施設の取材で陽子に出会ったのは11年前。まだ高校生だった彼女は「お母さんに会うのが夢。大人になったら絶対捜すんだ」と何度も口にした。
母となった陽子の思いは、少し変化している。孫の顔を見せたい気持ちはあるけれど、会って、すべてを知ってしまうのが怖い気もする。
「親にもきっと家族がいるでしょ。私も家族ができた。それぞれに幸せなら、いいかなって」
もし、いつか母に会うことができたらー。
「『ふざけんな』 とまずぶん殴りたい」と陽子は言う。育児は大変で「子どもなんていない方がいい」と思う時があるのは分かる。でも、本当に手放すかは別だ。
「文句はいっぱいある。だけど産んでくれなかったら、私も子どもたちもこの世にいなかった。だから、誕生させてくれたことは『ありがとう』 って言いたい」
記念写真
4月初旬、桜の花びらが風に舞う小学校に、陽子と、真新しいピンクのランドセルを背負った長女(6)の姿があった。入学式の後、やんちゃ盛りの長男(4)も連れ、報告に向かったのは希望の家だ。
「大きくなったなあ」。 理事長の福島一雄(77)は、両膝によじ登ってくる子どもたちを抱き上げ、そろって笑顔で写真に収まった。
希望の家も、3歳から中学2年まで過ごした里親の家も「今の私があるためには必要だった」と陽子は感じている。
いつか子どもたちに自分の生い立ちを話す時が来たら、こう言おうか。
ママには実家が二つあって、親代わりがいっぱいいる。きょうだいも大勢いて、大家族で育ったんだよ。
=この項おわり
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