陽子さんのケース③@続生みの親、育ての親

新聞特集「わが子よ」より




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大家族で育ったんだよ

   子ども2人に注ぐ愛情

画像



 2007年夏。47時間もかかった難産の末、長女を出産した田中陽子(28)は、母になった喜びよりも不安でいっぱいだった。
 「どうしよう。出てきちゃった。私でいいのかな」
 生後すぐ路上に置き去りにされた陽子には、親に抱っこされた記憶がない。赤ちゃんの世話は何もかも手探りだった。
 夜泣きや発熱、お風呂の入れ方。分からないことがあるたび、友達の母親に電話して、「教えて」と泣きついた。
 育児に慣れたころ、今度は長男を授かった。「ずっと男の子に生まれたかった」という陽子の喜びはひとしおだった。
 ただ、夫とはうまくいかず、長男の出産から間もなく離婚。陽子が18歳まですごした「共生会希望の家」の支援を受け、千葉県内のアパートで母子3人の暮らしを始めた。


キャラ弁

 今は生活保護を受けながら、スーパーでパート従業員として働く。慌ただしい毎日だが、子どもたちが遠足の日は早起きして、アンパンマンや動物を描いたキャラクター弁当を作る。夜は、添い寝をして手をつないで眠る。「私も幼いころ、親に甘えたかった。その分、できるだけのことをしてあげたい」
 記者が児童養護施設の取材で陽子に出会ったのは11年前。まだ高校生だった彼女は「お母さんに会うのが夢。大人になったら絶対捜すんだ」と何度も口にした。
 母となった陽子の思いは、少し変化している。孫の顔を見せたい気持ちはあるけれど、会って、すべてを知ってしまうのが怖い気もする。
 「親にもきっと家族がいるでしょ。私も家族ができた。それぞれに幸せなら、いいかなって」
 もし、いつか母に会うことができたらー。
 「『ふざけんな』 とまずぶん殴りたい」と陽子は言う。育児は大変で「子どもなんていない方がいい」と思う時があるのは分かる。でも、本当に手放すかは別だ。
 「文句はいっぱいある。だけど産んでくれなかったら、私も子どもたちもこの世にいなかった。だから、誕生させてくれたことは『ありがとう』 って言いたい」


記念写真

 4月初旬、桜の花びらが風に舞う小学校に、陽子と、真新しいピンクのランドセルを背負った長女(6)の姿があった。入学式の後、やんちゃ盛りの長男(4)も連れ、報告に向かったのは希望の家だ。
 「大きくなったなあ」。 理事長の福島一雄(77)は、両膝によじ登ってくる子どもたちを抱き上げ、そろって笑顔で写真に収まった。
 希望の家も、3歳から中学2年まで過ごした里親の家も「今の私があるためには必要だった」と陽子は感じている。
 いつか子どもたちに自分の生い立ちを話す時が来たら、こう言おうか。
 ママには実家が二つあって、親代わりがいっぱいいる。きょうだいも大勢いて、大家族で育ったんだよ。
               =この項おわり
                                        

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