旅の収穫 #3


結婚してもう43年めを歩んでいるのですが、こんなに長いお休みを頂戴したのは初めて。
単身赴任のマシューの留守を、1人で、後にはアンと(さらには義父も加わって)守ることはあっても、すっかり家を離れて家事も夫の世話も放棄しての40日間。
外つ国の珍かな風景をみたり、美味しいものを食べたり、という経験ももちろん素晴らしかったのですが、自分の内面と向かい合えたことも大きな収穫でした。

なんちゃって~~~
そんなご大層なことではないのですが、やはりわかっていたようであやふやだった自分を見極めるのに、1人の長い時間が効きました。

結論として。
わたしは相当孤独に強くなった、と思います。
正確には、表面だけの孤独には、強い。
1人で過ごすなんの制約もない一日を、寂しさを感じることなく過ごせる。

基底には、自分で作り上げてきた家族がいる。
そばにいなくても、確かに存在すると思えば、目の前の独りぼっちの一日も辛くない。

若い頃、自分に自信がなくて表面だけの元気をなんとか保っていた頃。
心のどこかがいつも寒くて、確かにいる両親も支えにならず、寂しかった。
血の繋がりがある父も、普通に育ててくれた二度目の母も、本音の話は通じない家族だったから。

今は、ちょっと異星人ぽいところがあるけれど、友白髪の夫も確かにいる。
家庭内別居をするほどいがみ合うことなく、お腹の底から笑い合うことも多々ある。
そして、物理的には遠すぎる国に住むけれど、心は変わらず寄り添う娘がいる。

結婚して10年を過ぎた頃、夜中に目覚めて将来を思ったとき、ひどく虚しくなって震えたことがある。
このまま年を重ねていくだけ?
それだけ?

その後養子縁組を思い立って、二年後に実現してからは忙しさと楽しさで満たされた日々でした。

手元を18年で飛び立ち、25年で苗字も変わった娘。
少々は空の巣症候群の気配はありましたが、夫婦2人の暮らしにもどっても、あの夜中に震えた虚しさを感じることはありません。

手の届くところにいない、もしかしてあと数度しか会えないかもしれない娘。
母親としては寂しいです。正直なところ、なんて遠くにいっちゃったの、と思います。
でも、心の根本的なところでは、寂しくない。
不思議だけど、あの虚しさは二度と戻ることがない自信があります。
なぜかしら?
私の考え方や生き方の端っこなりとも齧らせた娘が、私がいなくなっても生き続けてくれるからかしら。
産まなくても母になれたことは、私にとってどれほど嬉しいことだったかと思い返しました。

そんなことをじっくりと考えた異国での1人の夏の夜も懐かしいです。
そして、遠く離れた夫の存在も、離れていても色濃いもので、やはり縁があったパートナーなのだと再確認しました。
珍かな景色をみるたびに、(この旅行を勝手にドタキャンした人なのに)
「ああ、一緒に観たら、どんなに喜ぶかしら,二人分しっかり観て帰って話してあげよう!」
と思っていました。
しゃくだけど・・・やはり大事な人なのだ、と思ったのです。

夫と娘。
ふたりとも、私とは血の繋がりはありません。
でも、私が心の繋がりを大事に育ててきた本当の家族です。
それをしっかりと知ることが出来たのは、大きな旅の収穫でした。

毎日を大切に丁寧に楽しみながら生きる。
年を重ねたら、無理をしないで暮らす。
そして、今までの、これからの、ささやかな家族の楽しかったことやこれから待っていることを数えながら、ニコニコ笑顔のおばあちゃんになるのが、目標です。
できれば元気で、また40日のお暇をいただいて、知らない国へ旅が出来たら最高です。
さらに、得難い家族への感謝の気持ちが深まるはず、とねだっても・・・
ずいぶん不自由したらしい夫からは、OK出ないかしら??? ふふふ

  See You ~ ♬






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