うさぎは言いたい放題#1
清廉潔白で、ワルグチは言うのも聞くのも嫌い!って方は
今回はご遠慮下さいませ。
なんだか、自分を顧みず、言いたい放題の気分なんです。
そう、うさぎは、新聞特集の一部に、やりきれなくて怒ってます。
こんな気分は、アンの友達のMちゃん妊娠事件以来かも?→こちら
あの時は、延々と怒りをぶつけ続けて記事を書きましたわねぇ。
うさぎのだけじゃなく、女性陣の怒りが集中したMちゃんの彼。→こちら
けっきょく 落ち着くとこへ落ち着きました。 経過報告
その後 結婚・出産を経て Mちゃんは幸せなママとしてすごしていますよ。
アンいわく
「Mちゃんはいい子で、幸せ感じるハードルが、すっごく低いから」
え? どゆこと?
あたしのために、休みもないのに新婚旅行いってくれたの~
と、隣県温泉一泊の新婚旅行で 目がハート。
産まれたら親バカパパに変貌した彼。
結婚できてラッキー! というMちゃん。
いやいやいや、ラッキーなのは、そんなMちゃんと結婚できた彼の方だと思うよ。
「ケンカしたとき、この子を産むな、っていったくせに!って嫌がらせできるね」
とシニカルなうさぎが、つい邪悪な考えをもらしたら、アンが苦笑して
「いや、Mちゃんは絶対そんなことは言わんタイプ!(ママじゃあるまいし)」
(みなさまから最低男と烙印を押された)Mちゃんの彼の幸運を確信しました。
ま、前ぶりはこのくらいにしといて、と。 (長っ) (いえまだこれからよっ)
3回にわたって掲載された陽子さんの記事を読んで、びっくり。
アンと年令が近いだけに、つんのめって感情移入しちゃったこともあり
彼女の育った環境の一部に、正確には里親さんに、怒ってます。
ここからは、まったくのうさぎの私見です。 というか、私憤です。
経験もないくせに!と言われても
はい、ないですけど? それが何か? と開き直っちゃいます。
里親の経験はなくとも、不安に襲われた小学生の陽子さんが可哀想で
どうしても言わずにいられないんだもの。
記事をまとめた共*通信社さんとも、ましてや陽子さんとも無関係の
まったくうさぎのみの意見だし、このブログもいわばうさぎの私物なんで(笑)
好き放題言っちゃえ! というところです。
重複しますが、引っかかった記事を。
・・・・・・・ 3歳まで乳児院で過ごした。
陽子の記憶は、乳児院から引き取られた里親宅での生活から始まる。 陽子を含む子ども6人が男の子部屋、女の子部屋に分かれて暮らし、専業主夫のお父さんが育児や家事をしていた。
①「不思議な家だった」と陽子は言う。 居間にはクラシック音楽が流れ、テレビを見るのも、友達の家に遊びに行くのも駄目。 ルールが多くて窮屈だったが、一番下の陽子はきょうだいにかわいがられ、お兄ちゃんとプラモデル作りに熱中した。 「男の子に生まれたかった」が口癖で、自分を「僕」と呼んだ。
お母さんはいつもスーツ姿で、書類を抱えて仕事から帰ってきた。しつけの厳しい人だった。
ご飯の時のことだ。 「背筋が曲がってる!」 お母さんが背後から両肩をつかみ、ぐっと引っ張った。その記憶が消えず、陽子は大人になっても後ろにヒトが立つと怖い。
ただ、そんな母が休日の朝に作ってくれたパンケーキはとびきりおいしかった。 誕生日祝いにもらったクマのぬいぐるみは陽子の宝物になった。
きょうだいは全員、名字が違った。 そのことを意識し、疑問を感じるようになったのは小学校高学年のころだ。 ある日、学校から帰って、お父さんに聞いてみた。
「僕の母子手帳はどこにあるの。」 はぐらかす父に「見せて」と詰め寄った。 ②両親やきょうだいと血のつながりがないことを初めて告げられた。 家族じゃなかったんだ。ショックで一週間、部屋に閉じこもり、ご飯を食べなかった。
きょうだいは大きくなるにつれ、1人、また1人といなくなった。 親の元に返った、と後から知った。
「なんで僕はここにいなくちゃいけないの」
お父さんの口から、詳しいことを聞かされた。 医院の前で保護されたこと。 生みの親はどこの誰か分からないこと。
③「陽子がここを出るには、児童相談所に行くしかないんだ」
「じゃあ、相談所に行く。 本当の親を捜すために、ここを出る。」
中学2年の秋だった。
①「不思議な家だった」 について
施設<里親 って意見がありますよね。
それも、ある部分では非常に納得しています。
個人的に向き合ってくれる大人と、普通の家庭生活を送ることは
とても意味があると思います。
里親による虐待などの問題は、ここではおいといて。
でもね。この不思議な里親の存在が、不思議です。
6人の子ども達は、たしかに多いけど、普通の家庭でもおかしくない人数。
お父さんが育児・家事に従事しているのは、昨今はぼちぼち増えてるとかで
そのあたりは、よしとしましょう。 (←ふふ、上から目線でごめんね)
だけどね。
テレビなし?
友達の家へは遊びにいけない?
それって、普通の家庭でしょうか・・・
テレビについては、ホントはうさぎも排除したかった派なんですが
何より「みんなと同じ」ってのが小学生では大切だし
ま、マシューの意向もあるので 普通にリビングに居座ってました。
教育上は、どうなんですかね・・・。 親の管理力が問われますね。
そういえば!
40年ぶりに天皇家に皇子をもたらした方も、テレビのないご家庭出身でしたね。
そういうハイソなご家庭は別にして、子どもにはかなりのリスクがありそう・・・
小学校時代は、友達関係を築くのはとても重要な時期だと思うんだけどなぁ。
よその家の在り方をなにげに 「ウチとは違うな」と感じ取って
いろんな家庭があること、それぞれに違うのが当たり前だと学ぶのも
子どもにとっては、大切なことだと思います。
公的な機関が この特殊な里親家庭を受け入れて、子どもを委託してたことに
本気でびっくりしています。
職業的な里親。 それはそれで、アリだと思います。
でも 「普通の家庭生活を送らせる」のが、大前提じゃないでしょうか?
里親ありき、でなく
何より 子ども優先の里親制度 であってほしいです。
さすがに長くなりましたので、次回に続く・・・・・
今回はご遠慮下さいませ。
なんだか、自分を顧みず、言いたい放題の気分なんです。

そう、うさぎは、新聞特集の一部に、やりきれなくて怒ってます。
こんな気分は、アンの友達のMちゃん妊娠事件以来かも?→こちら
あの時は、延々と怒りをぶつけ続けて記事を書きましたわねぇ。
うさぎのだけじゃなく、女性陣の怒りが集中したMちゃんの彼。→こちら
けっきょく 落ち着くとこへ落ち着きました。 経過報告
その後 結婚・出産を経て Mちゃんは幸せなママとしてすごしていますよ。
アンいわく
「Mちゃんはいい子で、幸せ感じるハードルが、すっごく低いから」
え? どゆこと?

あたしのために、休みもないのに新婚旅行いってくれたの~
と、隣県温泉一泊の新婚旅行で 目がハート。

産まれたら親バカパパに変貌した彼。
結婚できてラッキー! というMちゃん。
いやいやいや、ラッキーなのは、そんなMちゃんと結婚できた彼の方だと思うよ。
「ケンカしたとき、この子を産むな、っていったくせに!って嫌がらせできるね」
とシニカルなうさぎが、つい邪悪な考えをもらしたら、アンが苦笑して
「いや、Mちゃんは絶対そんなことは言わんタイプ!(ママじゃあるまいし)」
(みなさまから最低男と烙印を押された)Mちゃんの彼の幸運を確信しました。
ま、前ぶりはこのくらいにしといて、と。 (長っ) (いえまだこれからよっ)
3回にわたって掲載された陽子さんの記事を読んで、びっくり。
アンと年令が近いだけに、つんのめって感情移入しちゃったこともあり
彼女の育った環境の一部に、正確には里親さんに、怒ってます。

ここからは、まったくのうさぎの私見です。 というか、私憤です。
経験もないくせに!と言われても
はい、ないですけど? それが何か? と開き直っちゃいます。
里親の経験はなくとも、不安に襲われた小学生の陽子さんが可哀想で
どうしても言わずにいられないんだもの。
記事をまとめた共*通信社さんとも、ましてや陽子さんとも無関係の
まったくうさぎのみの意見だし、このブログもいわばうさぎの私物なんで(笑)
好き放題言っちゃえ! というところです。

重複しますが、引っかかった記事を。
・・・・・・・ 3歳まで乳児院で過ごした。
陽子の記憶は、乳児院から引き取られた里親宅での生活から始まる。 陽子を含む子ども6人が男の子部屋、女の子部屋に分かれて暮らし、専業主夫のお父さんが育児や家事をしていた。
①「不思議な家だった」と陽子は言う。 居間にはクラシック音楽が流れ、テレビを見るのも、友達の家に遊びに行くのも駄目。 ルールが多くて窮屈だったが、一番下の陽子はきょうだいにかわいがられ、お兄ちゃんとプラモデル作りに熱中した。 「男の子に生まれたかった」が口癖で、自分を「僕」と呼んだ。
お母さんはいつもスーツ姿で、書類を抱えて仕事から帰ってきた。しつけの厳しい人だった。
ご飯の時のことだ。 「背筋が曲がってる!」 お母さんが背後から両肩をつかみ、ぐっと引っ張った。その記憶が消えず、陽子は大人になっても後ろにヒトが立つと怖い。
ただ、そんな母が休日の朝に作ってくれたパンケーキはとびきりおいしかった。 誕生日祝いにもらったクマのぬいぐるみは陽子の宝物になった。
きょうだいは全員、名字が違った。 そのことを意識し、疑問を感じるようになったのは小学校高学年のころだ。 ある日、学校から帰って、お父さんに聞いてみた。
「僕の母子手帳はどこにあるの。」 はぐらかす父に「見せて」と詰め寄った。 ②両親やきょうだいと血のつながりがないことを初めて告げられた。 家族じゃなかったんだ。ショックで一週間、部屋に閉じこもり、ご飯を食べなかった。
きょうだいは大きくなるにつれ、1人、また1人といなくなった。 親の元に返った、と後から知った。
「なんで僕はここにいなくちゃいけないの」
お父さんの口から、詳しいことを聞かされた。 医院の前で保護されたこと。 生みの親はどこの誰か分からないこと。
③「陽子がここを出るには、児童相談所に行くしかないんだ」
「じゃあ、相談所に行く。 本当の親を捜すために、ここを出る。」
中学2年の秋だった。
①「不思議な家だった」 について
施設<里親 って意見がありますよね。
それも、ある部分では非常に納得しています。
個人的に向き合ってくれる大人と、普通の家庭生活を送ることは
とても意味があると思います。
里親による虐待などの問題は、ここではおいといて。
でもね。この不思議な里親の存在が、不思議です。
6人の子ども達は、たしかに多いけど、普通の家庭でもおかしくない人数。
お父さんが育児・家事に従事しているのは、昨今はぼちぼち増えてるとかで
そのあたりは、よしとしましょう。 (←ふふ、上から目線でごめんね)
だけどね。
テレビなし?
友達の家へは遊びにいけない?
それって、普通の家庭でしょうか・・・
テレビについては、ホントはうさぎも排除したかった派なんですが
何より「みんなと同じ」ってのが小学生では大切だし
ま、マシューの意向もあるので 普通にリビングに居座ってました。
教育上は、どうなんですかね・・・。 親の管理力が問われますね。
そういえば!
40年ぶりに天皇家に皇子をもたらした方も、テレビのないご家庭出身でしたね。
そういうハイソなご家庭は別にして、子どもにはかなりのリスクがありそう・・・
小学校時代は、友達関係を築くのはとても重要な時期だと思うんだけどなぁ。
よその家の在り方をなにげに 「ウチとは違うな」と感じ取って
いろんな家庭があること、それぞれに違うのが当たり前だと学ぶのも
子どもにとっては、大切なことだと思います。
公的な機関が この特殊な里親家庭を受け入れて、子どもを委託してたことに
本気でびっくりしています。

職業的な里親。 それはそれで、アリだと思います。
でも 「普通の家庭生活を送らせる」のが、大前提じゃないでしょうか?

里親ありき、でなく
何より 子ども優先の里親制度 であってほしいです。
さすがに長くなりましたので、次回に続く・・・・・

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